最悪だ。
もう一度言う。
最悪だ。
カカシは苛々と自分の部屋を右往左往していた。右手には携帯電話、左手にはイチャパラ。外は大雨で、雷がゴロゴロと不穏に唸っている。ついでに、後三十分もすれば、今日が終わる。救いようがない。
今日のこの日はカカシの誕生日だった。
本当なら。そう、本当なら、イルカに一緒にいてもらう予定だった。さりげなく、予定を聞いて、誕生日だと言ったら、一緒に過ごしてくれるんじゃないか、そんな甘い期待を抱いていたのに。
今日という日は学校が休みだった。
敬老の日。
自分も大概抜けていると思ったが、当日に悔やんでも仕方がない。連絡を…と思って朝からずっと携帯電話を握っているのに、向こうにいつまで経っても繋がらない。おまけに外に出たくないと思わせるほどの雨が降りしきっていて、そんなに俺が憎いかと、カカシは頭を垂れる。
「もう…泣きそう」
イルカは恐らく、今日がカカシの誕生日だと知らないだろう。なにしろ、自分の誕生日だって、「えーと、七月…、いや、八月…?うーんどうだったかな、忘れた!」と大威張りで言い切った癖に、後で健康診断の書類を見せてもらったら五月二十六日だったという不届き者だ。カカシの誕生日など、言ってもいないのに、知っていてくれるはずがない。
窓の外を覗いて、さらに憂鬱になりながら、カカシはキッチンへ向かった。もう自棄酒だ。冷蔵庫を開ける。だが、中はいっそ心地よいぐらいにスカスカで、カカシは溜息を吐きながら外へ出た。雨だってもうどうでもいい。最寄りのコンビニで、目に付いた酒を片っ端から籠に入れる。ツマミを少々と、ふと、イルカが好きそうなものを見つけて、それも気づいたら手が勝手に籠の中に入れていた。
「どーしたって惚れた弱みってやつ?」
ぶつぶつと呟きながら、ビニール袋をガサガサ言わせる。アパートのエントランスまで戻ってきて、習慣でポストの中を覗く。いつも通りくだらないダイレクトメールばかり、と、捲っているカカシの指が止まった。少し大きめの、白い封筒…の表を二足歩行の黒い猫が歩いている。小さな両手が掲げた看板のような四角い枠の中に書かれているのは、カカシの自宅の住所と、名前。なんだろう、裏面に返して、カカシは瞑目した。本来送り主の住所と名前が書いてあるところに、黒地のイルカがいたのだ。白い線は、きっと、あの愛嬌のある、鼻の疵。
「?!」
急いで部屋へ駆け上がる。袋を乱雑に放って、逸る心を抑え、封筒を丁寧に開いた。中から出てきたのは、一枚のカード。
『カカシ様専用スペシャルチケット』
少し厚手のカードで、異様に凝ってある”カカシ様専用スペシャルチケット”という銀字が、これまたイルカ手製だろうか、デフォルメされた案山子柄の背景から浮くコントラストで印字されている。裏に返せば、モノトーンになったお揃いの案山子柄の背景に、注意書きのようなものが書かれている。
このチケットは、チケット発行者うみのイルカが、はたけカカシに対し、はたけカカシの任意の一つの要求を、一度に限り履行することを約束する… …
「やば…」
思わずカカシは口を手で覆っていた。顔はもしかしなくても真っ赤になっているだろう。ひょっとしてこれは、プレゼントだろうか。イルカが、カカシのためだけに用意してくれた、誕生日プレゼントだろうか。落胆して荒みきっていた心には刺激が強すぎる。
「ちょ」
「…嬉しすぎ」
まじまじとチケットを眺める。今日届いたということは、前から準備していてくれていた?この、どう見てもオリジナルで、きっと、この世に一つしかないもの。
「…説明はないわけ?説明は」
少々落ち着きを取り戻したのか、悪態をつきながらも、カカシの顔はとろけるように甘い。思考は既に明日へと飛び、口元を綻ばせている。何を言ってやろうか。きっと明日には雨も上がる。
カカシは封筒とチケットをテーブルに置き、ビニール袋から取り出したカクテルを開けた。途端に辺りに漂う甘い芳香。
「う、甘…」
でも今は、そんな気分だ。
ふと、視界に時計が入る。
23時59分。
誕生日、黒猫からの届け物は、幸せだった。