白い部屋の中から黒い携帯電話の無機質な着信音が聞こえた。
高層ビルのせいで低く見える空が、曇り空のせいでさらに低く見える。朝から薄暗がりのこの天気を、イルカは好きと言うかもしれないな、とぼんやりとカカシは思った。
「携帯しなさいよ・・・」
もしやと来てみた家も外れ、カカシは脱力してしまう。定期的に繰り返される電子音は、確かに中からのものだった。ベランダに侵入してみると申し訳程度につけられたカーテン越しに、テーブルに放置された携帯電話が寂しげに鳴っているのが見える。相変わらず部屋は殺風景だ。
「お前もおいてけぼりか・・・」
学校でもなくバイト先でもなく家でもない。塾には通っていないし大穴の一楽__イルカが好んで通うラーメン屋__もはずれ。もちろんカカシはイルカの行動パターンを全て把握しているわけではない。イルカはああ見えて気分屋だし、束縛されるのを嫌うようなところがあるので、居所を掴むのが存外難しいのだ。特別約束をしているわけではないので、仕方がないといえば仕方がない。が、イルカの恋人有力候補を自認しているカカシとしては、落胆を禁じえない。次の手もすぐには浮かばず、しばしぼんやりとしていると、ぱらぱらと小雨が降ってきた。
傘など当然のようにもっていない。やれやれ。今度こそ溜め息を吐いたカカシは、不法侵入しぱなしのベランダで煙草に火を点けた。そんなはずはないが、やはり若干湿った感じがするよなと燻らせる。朝っぱらからどこに行ったんだろう。どんなに悪条件でもできればそう思いたいのだった。
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「大家さーん、不法侵入者がいますよ」
「ぬぉ!」
ガラガラ、と音がしてやたらと陽気な声がしたと思ったら、いつの間にかカカシの肩にイルカが顎を乗せていた。ぬおっておま、とどこか間の抜けたつっこみを入れ、けたけたと笑っている。HOPEは吸い口まで短くなっていた。それほど時間は経っていないらしい。
「どしたの」
まあ入れよ、とカカシは軽く促される。二本目を取りかけて、そういえばイルカが吸ってるところを見たことがないな、とカカシは思った。常備されているミネラルウォーターを飲むかと聞かれ、いると答える。
「あ、やっぱコーヒー」
「めんどい」
「まぁそう言うなよ」
「水でいーじゃんか」
「まあまあ。これやるから」
「これ?」
「しけってるかもしれないけど」
「カールなら歓迎だ」
「まじすか」
つか何よ?と戻ってきた手にはマグカップが片方に、砂糖とミルクがもう片方に握られている。こういうところは本当にそつがないのだ、イルカという男は。
さすがイルカ、と労い不思議そうにするイルカにカカシは持っていたものを差し出そうと、した。しかし。
「イルカ?」
「ンー」
「おーい」
うつらうつら、とフローリングに腰をすえた辺りから怪しかったがどうやらイルカはスリープモードに入りかけているらしい。
「イルカー」
「・・・ごめ、ちょい後にしてくれ」
る?と言いたかったのだろう、不自然に途切れさせ、イルカはそのまま倒れこむ。
(・・・え)
ただし、床にではなくカカシの膝の上に。
「イ、イルカ?!」
すぅ、すぅ、と伝説の三秒ぐーにも迫る勢いで眠りの態勢についたイルカからもはや返答はない。このタイミングで寝るか普通?と思わないこともなかったがそれを指摘するには怒りが足りていなかった。
(・・・無防備に寝ちゃってまぁ)
後で覚えておけよ、と悪役の台詞を内心呟きつつも、カカシの顔は笑みの形に歪んでいく。
ふと見上げると、窓枠に切りとられた空の雲間から、青が見えた。
質のいい嫌味のような、深く透き通った空色の欠片。
しばらくは、顔を覗かせていてくれるらしかった。