背後に現れた気配を感知した時には、もう無遠慮な手は胸元にまわっていた。
何か言おうと、口を開こうとしたが今何かを話すと不明瞭な呟きとも喘ぎともつかない代物になるだろうことが今までの経験から見てとれた。
経験。
経験ね。そう考えて、舌打ちしたい衝動に駆られたが、男が遮る。

「抵抗しないんだ?」

冗談じゃない。
自宅には寝に帰る日が続いていたのは確かで、更に言えば自宅に帰れる日は稀だったのも事実だ。
疲れていたし、燻ってもいた。だが欲求の大部分は睡眠に吸い取られ(もしも自宅に女が常駐しているのなら話は別だが)
それはそれで上手く廻っていたはずだった。
だから____だからという言葉は好きではない___ つまり、揺らしたのは、この男だ。

後ろを圧迫する雄の気配に身を固くしながらも身体はさざめいている。激しく嫌悪し唾棄しながらも、理性とは別に身体は期待して、いる。
横を向かされた拍子に髪紐を抜かれた。前髪が視界を遮る。

ああ。



思った瞬間に、男は消えた。






「な~に、されるがままになってんの?」

血のいらえは無い。
きっとどこかに飛ばされたのだろう。そう思いながら、もう先ほどまでいた男のことに意識は残っていない。
髪を捕まえられて瞳を覗き込まれた。
灰と、燃えるような赤。双極のようなそれを見て、不意に欲情した。
この男の美しさは左顔面を走る創にある。
見慣れているそれを前に、改めて見入った。

「こんなにして。」

尖りきった先端を弾かれて背が仰け反る。
差し入れられた長い指が胸を悪戯に掠って、下りてくる。

「ぁ 、 うッ」

腰骨を辿られて明確に身体が震えた。
そして、それは随分と身体に浸透した。

「欲しい?」

カカシが咽喉を鳴らす。
「さっきの___誘ったんじゃないよね。」

それは、確認ですらなかった。













「まったくもう。な~んでそんなに無防備かな。センセは。」

視界に映ったのは拗ねたような怒ったようなカカシの顔だった。いつの間にかここは自宅でおまけに着替えているし身体もどこかしらさっぱりしている。外で好き勝手身体を弄られて放置されなかったのは僥倖だ、とイルカは小さくため息を吐いた。そんなイルカを見てどう思っているのかカカシが何かしらぶつぶつ言っているがイルカの耳には入ってこない。思い出した。空腹で目が覚めたのだ。しかし身体は動きそうにない。どうしようか、考え込んでいるとカカシが唸った。



「それ、癖なんですか?」



「は?」

カカシがむっつりとした顔でイルカを見ていた。イルカは何のことかわからず、首を傾げる。



「癖、なんですね」



ガシガシと後頭部を掻きながらカカシが頭を垂れた。
なんなんだ、と思いながら俯いたままのカカシを見上げていると、ふと真っ赤な耳が視界に入る。
「…どうかしました?」

具合でも悪いのか?と思いかけたが、腑に溜まった空気を根こそぎ絞り出すような溜息の後、すくりと立ち上がったカカシが呟いた言葉にどうでもよくなった。
「…ごはん作ってきます」
「…はぁ」

とりあえず、問題は解決した、らしい?
うとうととまどろみの中、調子外れの鼻歌が微かに聞こえていた。