抱きしめる手を緩めない。








 「先生ズルイ」

 ドアを開けるなり開口一番に噛み付いた俺にイルカ先生はやり直しを命じた。
 「・・・タダイマカエリマシタ」
 悔しかったので丁寧にやってやったのだが、イルカ先生は満足げに極上の笑顔で迎えてくれる。
 「おかえりなさい」
 先生の言葉はいつだって優しいひらがなだ。
 すっかり懐柔された俺は、この響きに弱い。
 だから、それで?とイルカ先生に促されるまで、ぼーっとしてしまっていた。
 見惚れていたのだ。


 「イルカ先生と任務に行きたいです。」
 いつの間にか目の前にはよく冷えているお茶(イルカ先生お手製らしい)があって、それをいただきますと言って飲む。とても美味しい。だけどさっきまでにこにこしてくれていたイルカ先生は途端に呆れ顔になって、何言ってるんだか、そうぼそりと呟いた。(聞こえてるよ、先生)


 「だいたい、俺とカカシ先生じゃ実力が違いすぎてて俺が足引っ張るだけでしょーよ」


 …出たよ謙遜大王。もう俺の話なんか聞く気のない先生は、さっさと台所に逃げ込もうとしている。上忍になれと事あるごとに言われて、裏の任務すら来ているのを俺は知っているというのに。先生ときたら、面倒の一言で却下だ。誰だよこの人を実直で誠実で優しいとか言ったの。生真面目で熱血とか言ったの。初心で女の裸すら直視できないとか言ったの。いや、最後のは関係ないし初心ってとこはほんのちょっとだけ当てはまるけどさ。妙なとこで照れて可愛いんだよね先生はさぁ。いやいや話が逸れてて。
 そうじゃなくて。
 とにかく嘘吐きで冷めてて優しくない。


 「くだらんこと言ってないでご飯にしますよ」


 くだらんこと?!
 俺はまたいちいち憤りかけたけれど、そう言われて出てきたご飯に水ナスの揚げ煮があって、俺はまた懐柔されかけた。だって揚げ物は暑いからこの季節は極力やりたくないと言っていた先生なのに。この前一緒に出かけた店のそれがとても美味しかったのでイルカ先生つくってと言ったのを覚えていてくれたらしい。(しかも同じ味だ!)
 「どうです?お気に召しましたか?」
 イルカ先生ときたら涼しい顔をしてなんでもないことのように聞いてくれる。
 「すっっごく美味しいです!でも、なんで・・・??」
 「ああ。頼んでみたらあそこのご主人がレシピを教えてくれたんですよ。別に秘伝の味とかじゃなかったらしくて、快く。」
 「そうなんですか。ありがとうございます!」
 俺は嬉しくなってアカデミー生徒のようにお礼を言ったのだけど、イルカ先生は悪戯の成功した悪ガキみたいな顔をしていて、それでさっきまでの気分はどこかに飛んでいってしまって、やっぱり好きだなー、と思ってしまった。

 そうして。
 俺はうっかりそのいい気分のままおいしい揚げ煮とさらにおいしいイルカ先生をぺろりといただいたのだった。










 そうして数日後。








 本人に言っても埒が明かないと気づいた俺は五代目に直接交渉することにした。
 「お姫様。イルカ先生と任務に行かせてください。」
 五代目は姫と呼ばれるのを殊の外気に入っていると聞いたのだ。案の定、まんざらでもない顔をしている。それはさておき、これからイルカ先生の実力とかその不誠実さとかをつぶさに語ろうとドキドキしていた俺は、だからお姫様の次の科白に一瞬反応できなかった。

 「そりゃー無理だろ。アイツはお前中心に任務を組み立ててるから。」
 愛されてるねぇ、お前。


 「へ??」
 愛されてる?

 まさかそんな科白が飛び出すとは思わなかった。
 ご年配の方から。


シュッ


 「なんか言ったかい?ぼうや」

 ・・・うわぁ・・・
 気づけば横一面の壁が綺麗さっぱり抜けている。サクラよ、こんな風になってくれるなよと思わず考えつつ、降ってわいた疑問をぶつけてみた。

 「でもまた・・・ なんで?」

 「イルカの実力なら知っているさ。だがアイツは昔から面倒くさがりでな。でも筋の通らない奴じゃない。上忍も暗部も嫌だとか我侭を言うから、何か他にやりたいことでもあるのかと言ってやったらな。」

 「はぁ。」

 「・・・お前を迎えてやりたいんだと。お前に一番におかえりと言いたいんだ、今やりたいのはそれだけだ、と言いやがった。だから、カカシ、お前が帰ってくる時はイルカは家にいるんだよ。」
 ま、任務を組み立てるのはそれなりに大変だが、アイツは仕事も早いからな。随分使わせてもらってるさ。いろいろ、な。

 「・・・・」

 「わかったか?」

 なんで昔のイルカ先生を知ってるんだ、とか勝手に呼び捨てにすんなよ、とかいろいろって、まさか裏の任務に俺以外の男と行かせてるんじゃねーだろーな、とか言いたいことはあったけれど。



 俺はすぐに執務室に空いた穴から、何の挨拶もせずに飛び出した。
 後でこっっぴどく怒られるだろうことになぜか喜びを感じながら。


 向かう場所は決まっている。





 「イルカ先生!」



 ドアを開けて開口一番。



 「愛してます!」
 (イルカ先生が冷たくて嘘吐きで優しくなくて秘密主義でさらに面倒くさがりでも。)
 ぎゅうぎゅうと抱きしめた身体は、こんなにもあたたかい。
 想いに比例するように力の籠った抱擁を、この時ばかりは驚いたイルカ先生は、厭わずに、しかも同じように、それ以上に返してくれた。
 照れ屋で甘い言葉なんか滅多に口にしてくれない先生からの、雄弁なサイン。



 だけどやっぱりその後やり直しを命じられて。

 俺達は繰り返す。

 ニヤリと笑う先生を、俺はやはり、やっぱりズルイ、と思ったのだった。















俺があの人と同じ任務に就くときは、あの人が任務で死んだ時です。
あの人はきっと、馬鹿みたいにまっすぐ帰ってきて言わなくていいことを口走るんだろうけど。


身体ごと抱きしめてあげるために。