「人生いろいろ」
誰が書いたか知らないが上忍待機所にはそんな言葉が掲げてある。これは上忍に向けたある一種の慰めだろうかそれとも嫌味か?まぁ中忍待機所なんてものはないしアカデミーに貼り付けてあるのは「廊下は側歩行禁止!」だから今後も知る予定はない。え?お前は誰だって?おっと失礼、名乗り忘れていただなんて申し訳ない。俺はうみのイルカ。アカデミーで教師をしている。ちなみに中忍だ。最近は受付任務なんかもやらせてもらっている。まあ自分についてはこんな感じかな。
「失礼します。夕日上忍いらっしゃいますか」
円形に並べてある椅子はこの里でも屈指の学者__人間工学の権威__が考案したものだ。あの椅子、一度は座ってみたいよなー、なんて同僚は言っていたが座りたいなら来賓室に忍び込めばいくらでも座ることはできる。え?それをなぜ俺が知っているかって?それは聞かない約束だ。おっと話がそれてしまった。話をもとに戻そう。俺は勿論用もなくここに来たわけではない。お目当ての人がいた。断るまでもないが、プライベートではなく、パブリックな方だが。探し人の姿を探す。けれど、真中にある観葉植物が邪魔をして入り口では全体を見回せないので中に入ることにした。
「イルカじゃねぇか」「猿飛上忍、こんにちは」
「あ、イルカ。お前今度の飲み会行くよな?」「ええ、参加させていただきます。」
良き人間関係を築くのに挨拶は結構肝要だ。上忍の皆さんは受付で顔を合わせるせいか、声をかけてくださることも多い。ま、そんな時役立つのが、なにはなくとも、笑顔。笑顔は肯定を端的に表す。笑顔は時に世界を救う、そう、俺は信じていたりする。
「こんにちは夕日上忍、今から少しお時間いただけますか?」
「あらイルカ。なにかしら。」
程無くして見つけることができた。上忍のくのいちの中でも一際華やいだオーラを放つ、夕日紅上忍だ。女神の微笑に周りがさざめいた。これだけで男達は結構幸せになったりするのだろう。かくいう俺も、見惚れていたのは言うまでもない。
「それで?用件は何かしら?ひょっとして愛の告白?」
きゃー、と頬を染める夕日上忍。美人がやると何をしても様になるというのは本当なんだな、そんなことが頭の隅に浮かぶ。
「ええ。実は、」
愛のある告白です。そう告げようとした矢先にクナイが飛んできた。
「イルカ!」
青褪めた顔をしっかりと納めてから振り返る。今日何度目かの衝突。
「ちょっと、俺のイルカ先生誘惑するのやめてくれる?こんな密室で。間違いがあったらどーすんの!」
突然間に割って入ってきたのは、やはりというかなんというか、はたけカカシ上忍だった。人気実力共に木の葉ナンバーワンの男である。その上、顔もいい。ところが、一点の曇りもない男かと思いきや、残念なことに、非常に残念なことに、…彼はなぜか事あるごとに俺に、構ってくる。いや、少し上品に言いすぎたか。そう、ざっくばらんにいえば、俺を抱きたいと言ってくる。それが冗談ならそれはそれで構わないのだが、残念なことに、非常に残念なことに、どうやら本気らしい。本当に、残念でならない。だから俺はこれが恐ろしく手間のかかった性質の悪い冗談だということにしている。
「あら、私 『が』 イルカに呼び出されたの。今愛の告白受けてるんだから邪魔しないでくれる?」
「え?!イルカ先生!何紅なんかに惑わされてんですか!悪女ですよ!コイツは、魔女! ゴフッ
ま、という発音の最中に風切音が空気を震わせた。はたけ上忍のわき腹にカモシカのように(!)細い足が埋っている画像がスローモーションで流れていく。実測だとコンマ何秒後かにはたけ上忍は吹っ飛んだ。
「それでですね、この書類が」
「うん。」
断末魔の悲鳴が聞こえていたような気がしたが続けさせてもらうことにする。夕日上忍もちょっと素晴らしいぐらいについてきてくれた。
「ちょっと!なんで私が第九(より詳しくは、第九庫。地下牢の一画で、最も奥に位置することを意味している)なんかに!」
しばらくは大人しく書類に目を通していた夕日上忍だが、突然柳眉を歪めたかと思うと、憤慨しだしてしまった。肩を掴まれる。怒っている夕日上忍は美しいが、少し心臓に悪い。ので、さりげなく手をはずさせてただいた。断るが、力でではない。受付の汗と涙とその他の結晶である受付対応マニュアルへの二十七号三条二項、”誠意ある態度は崩さず心底困ったような顔で”だ。やはり先人の知恵というのは捨て置けないところがある。
「…と、いうわけでご一緒しますね。」
「イルカ!いつからイビキの手下になったのよ!」
「どうしても貴方にお会いしたかったんです」って。
「…そのイルカスマイルには二度と騙されないわよ!」
これはここ最近の彼女の捨て台詞のような気がする。それにしても、何故か頬を赤らめたその顔も、やはり美しい。眼福とはこのことに違いない。
***** ***** *****
お日様へ飛び込んだ。
「イルカせんせーーーー!!」
「カッ?!
会いたくて会いたくて会いたくて。顔が見たくて見上げた先で、イルカ先生はよく研磨された宝石みたいな、あるいは星の散りばめられた夜空みたいな瞳をもつ目をまん丸にして、それから俺を抱きしめてくれた。
肩口に懐いたせいで彼の顔を見られないのが少し残念だ。けど、ぎゅっと抱きしめて抱きしめられて、ものすごく満たされる。帰ってきた、と実感できる。至福の時間。
ぎゅうぎゅう抱きしめ合って、それからどのくらい経っただろう。漸く俺は自分が汗臭くて埃っぽくてしかも血塗れであることに気がついた。いつもなら抱きついたら張り倒されることにも今更ながら気づいた。あれ、服も割りとぼろぼろだ。そういえば靴も脱いでなかった。や、やばい怒られる!
「い、イルカせんせい?」
顔を覗き込もうとするのだけれど、イルカ先生は抵抗するように俺にぎゅっと縋ってきて顔を上げてくれない。え、怒り心頭?!ぶるぶる震えてしまう。
手だけじゃない、よく見たら全身が小刻みに震えている。
俺じゃなかった、
先生が。
「イルカせんせい?」
肩の辺りにあった腕を両方とも引き上げて、イルカ先生は少しだけ背伸びをして俺の頭を抱え込む。俺まるごと抱きしめられているような感覚。力強くて、でもあたたかくやわらかなぬくもり。
「おかえり、なさい。」
そっと降ってきた大好きな声は、少し、震えていた。
ああ。
…ああ。
咄嗟に、声が出ない。
沈黙の後、ぽんこつな喉からなんとか出てきたのは、肝心な言葉じゃなかった。案の定嫌がるように、イルカ先生は首を振る。さらにきつくなった拘束に喜びながら、意識が遠のいていくのを感じる。ああ、このままだと気持ちよくて、イルカ先生を置き去りに眠ってしまう。けれど、ずるずるとずり落ちながら、倒れたりしないのはイルカ先生が俺を抱きしめてくれているから。
「せんせ、汚れるって」
もう声にもなっていなかったかもしれないけど、先生にはきっと、聞こえていた。
「せんせ、ねえ、イルカせんせ」
「ただーいま。」
***** ***** *****
鉄錆臭は、花の残り香に変わっていた。
男が身をくぐらせたせいだ。
黒衣はそのままに、手には一輪の花が。
女にでも会うの?
聞いたことを、後悔せざるを得なかった。
男の視線の先___眠る幼子はぐずついていたのか、涙の後が痛々しく残ったまま。数刻前に躊躇いなく誰かの首を刎ねた手が、指が、今、震えていた。触れることすらできないままに。何度か手を開閉させ、驚くほどの時間をかけ、男はそのすべらかな頬を撫でる。幼子はぐずつくことなく、かといって目を覚ますこともなく、温もりに安堵したかのように、笑う。
「ありのまま」
男が呟いた。
「ありのまま あいせなくて ごめんな」
確か、そんなことを。
祈るような声で、呟いていた。
「嫌だ帰る。」
突然真顔でそんなことを言い出した同僚に、カカシは思わず目を見張った。まず幻聴かと疑った。これまでこの男のそんなどこか子供じみた物言いを聞いたことはなかったから。戦場での男は常に冷徹であり、淡々と任務をこなすその様は、まるで刻々と過ぎる時のように精確で狂いが無かったというのに。
「なんの話。」
カカシはそうは言ってもこの男のことだ、なにか新しい戦術でも考えたのではなかろうか、と通常なら何言ってやがる等とつっこみが入りそうなことを本気で考えてみたのだが。
「途中参加だ。西。」
男は言った。口調は戻っている。何事もなかったかのように。いつものように。
「西?あー。確か今アスマがいるとこだっけ。でもそこもう片付いたんじゃない?俺らより先に出たでしょ。」
そう、カカシ達の任務は既に終わっていた。後は、後片付けと帰還だけだったのだが突如男の前に式鳥が召還されたのだ。
「怪我人がいる。捕虜もいる。」
「怪我人に捕虜・・・ あー、それでアンタにお呼びがかかったわけか。」
男___朔は、本来諜報に席を置いているのだが、処理班や医療班、果ては暗部にまで使いまわしをされている。イビキとも仲良しだ。カカシは仔細までは知らないが、今回も例に漏れずお呼びがかかったようだと推測できるくらいには、このような状況にこれまで幾度か出くわしていた。朔とカカシは高い確率でツーマンセルを組んでいるのだ。
「アンタ万能型だもんねー。かわいそー。じゃ、がんばってね。」
カカシは棒読みの科白をご丁寧に真正面から浴びせかけてやり、放置されたままだった骸を轟炎で弔う。
青白い焔が揺れた。
(なんで今日に限って?)
カカシは当然のように疑問に思った。わからないから苛立つ。必要以上に青い炎になったのを、朔は無表情に捉えている。が、それにもカカシは煽られるようだった。自分の前で零した先程の台詞もなかったことにしたのだろうか、と。零されたこと自体はどちらかといえば嬉しかったのだが、やはり戸惑いと疑問のほうが大きい。先程朔にかけた声も、大半は八つ当たりだ。
ものの数分もしないうちに消し去った、朔の解体した躯。
いつかその手に触れられたいと、願いたくなるほどに繊細な仕草で”死体”を扱う男。
終焉の淵を宿す冴えた瞳。
何より雄弁な、声なき声。
息絶えた身体を辿る、残酷で淫猥な指先。
闇夜の行為を彩るそれは、充分に生々しく白く___
「カカシ」
朔について考えていたためにカカシは反応が遅れた。はっ、として、それからカカシは思いもよらぬ言葉を拾う。
「え?」
咄嗟に聞き返して、しまったと思ったが、朔は繰り返した。
「協力してくれ」
平坦なままの声。カカシの方をこそ向いていたが、本当にカカシを見ているかどうかは怪しいものだ。けれど。
「…俺は、高ーいよ?」
仮面に隠されたカカシの唇は、ゆったりとした、それでいて獰猛な弧を描いていた。
***** ***** *****
そんな狂った出だしで書かれた手紙が届いたのは、夏の終わりだった。封を開けると、上等な和紙で設えられた便箋には小さな青い花が織り込んである。美しいと言って差し支えない筆跡は元より、流麗な文章を一読し、カカシには珍しく一時も待たずに燃すには惜しい手紙だと、そんな感想を持った。
自然と綻んだ口元に、側近の部下が俄かに気色ばむ。
「さて、そろそろ行くーよ」
それは昂揚に他ならなかった。
「なーんで”待て”が出来なーいの?」
奇妙な闇が、突如姿を消す。呆れたような、それでいて、どこか面白がるような声。背後を取られた男__暗部は、声の主に気づき竦み上がった。
「これ、なーんて任務だったっけ?」
ターゲットの男、と、ターゲットを殺した男。の、間にできた血の海。藺草に凝固し始めた紅が灯の下でよく映える。濃厚な血臭は、結界が張り巡らされていなければ到底隠しきれるものではないだろう。やれやれ、とでも言うかのように部隊長__カカシは、肩を竦めた。
暗部が派手に殺してしまったのは、恐らく暗殺予定だった男。予測不能の事態があったのか、それとも__例えば血の気の多い新人がよくやるように__、先走ったのか。暗部の様子から後者であることは見てとれたが、後始末はどうするか。ほぼ無意識に目まぐるしく頭を回転させ始めたカカシは、だが指示のため開きかけた口を閉じた。
影。
「ヒッ!!」
気配のないモノ__が唐突に暗部の前に現れる。
「困りましたねぇ」
とても困っているようには聞こえない声で、人の形をとったモノが話をした。人の声とは思えない、温度の無い声で。ひょっとしたら、笑いながら。
「あ、ああ、あ…」
「どうしようかなぁ」
ゆらり、ゆらり、と三日月型の影が左右に揺れる。夜よりなお濃い影。悉皆の虚ろがそこにあった。
無気味な闇。
「そうだなぁ。…イイ子に__できます?」
がくがく、と壊れた人形のように首を振る暗部の顎が掬われ、ねぇ?と僅かに傾いだソレが顔のような部分を近づける。あまりの恐怖にか、息を呑んで硬直した暗部の耳元でソレは何かを告げると、前触れもなく姿を消した。
揺らぎもなく、骸が__暗部が消える。
「もーいーよ」
声が、谺した。
「みーつけた」
森の奥にある隠れ家___温泉の湧き出る穴場__にその男はいた。
「そんな心底嫌そうな顔しないでよ」
男の無表情をそんな風に揶揄して笑うカカシを一瞥し、すぐに視線を戻した男は、けれど追い返す気はないらしい。
「そんな所にいると風邪をひきますよ」
そう言って、場所を移動した。小さい露天だ。カカシは嬉しそうに礼を言って男の傍へ寄る。
「それはこっちのセリフ。こんな雨の日に温泉に入ろうなんて物好きはアンタくらいだよ」
カカシの言う通り、大降りではないが、細い雨がさぁさぁと音を立て水面に幾重もの円を描いている。湯の中は確かに温かいが、外は肌を刺す冷たさだ。しかし一方で、カカシはだからこそ男がここへ来たのだということを知っていた。男の担う役割は仲間から畏怖され、また同時に忌み嫌われる。
「何か私に用が?」
「んー。ね。秋穂の廓で刀傷沙汰が起こったらしいね。痴情の縺れってやつ?剃刀で男の首搔っ切るなんて、なかなかだよねぇ?しかも自分も自殺でしょ?」
「・・・」
「まあベタだけど」
カカシが意味ありげに男を窺う。だが、男は動揺した様子もない。それどころかぼんやりと遠くを見つめ__あからさまに温泉を満喫している__様子に流石のカカシも柳眉を下げた。
「ちょっとくらい教えてくれたっていーじゃん。どーせアンタなんでしょ?あの黒衣は」
頑なな男が情報を漏らすとは思えなかったが、せっかくここまで来たのだ、と言わんばかりにカカシは愚痴ってみせる。本来なら顔を知り消されないだけでも破格だがそこははたけカカシだ。__しかし男はやはり口を開く気はないらしい。話を聞いているだけでも僥倖といったところか。
「貴方は貴方の仕事をした。それだけではご不満ですか?」
「___」
「私はもう出ますから」
それ以上話すことはない、とばかりに男はカカシに背を向ける。
男が言ったように、今回の任務におけるカカシの役割は、ターゲットの周りを一掃することだった(そこに過剰な戦力が投入されていたからだ)。それは滞りなく終わり、そして他の部隊__今回の目的でもある__ターゲットもまた葬られた。それは確かな事実だ。
一方で。影が現れた時。カカシは初めて違和感の正体を理解していた。決行の知らせなら手紙の到着、あるいは式の到着だけで事足りる。わざわざ慇懃に認(したた)める必要など皆無だったのだ。新月というのは、恐らく男一流の符牒。黒星の存在。そしてそれは即ち、それを狩るモノの存在をも詳らかにする。
カカシの言う通り黒衣__のように見える、漆黒を纏ったそれは、話はしても口がない。目鼻はおろか、手足すらない。気配のないそれは、突如開いた地獄の穴。
遊女など存在しない。いや、していなかった。あの時までは。
「死神の鎌は振り下ろされた、か」
カカシの頬を雨が伝う。雨脚が強まり、湯の温かさのせいかカカシには一層冷たく感じられた。
男の透徹とした瞳。何にも侵されない黒い瞳。静謐といっていいそれは、どこまでも深く、どこまでも冷徹でいたことだろう。触れたら冷たいだろうか、それとも、温かいだろうか。男が夜にとけた今、それを確かめる術はすでに失われていた。
***** ***** *****
+共犯者は消さないといけないきまりなんです
+侵入者のご挨拶 「ようこそはじめまして、怪しいものです」
+常套句
+夢を見るのは寝てからにしてくれる?
+本日の営業は終了しました。
+再帰的絶望
+薬指にふたつ
+魔法のことば
+明滅
+おやすみなさい、貴方を想わない日は、きっとなかった。
+さようならはうつくしいことば
+終末
+青猫のトルソ